舞台裏・楽屋の雑談

I-Dur Virtual Orchestra's BLOG

音楽生活が始まった

2014年03月10日 (月) #音楽

その吹奏楽部は、まだまだ弱小で、県大会で一回も銅賞(参加賞)以上の賞はとった事が無かった。
予算も少なく楽器も足りないし古かったので、音楽祭やコンクールでは近くの私立高校から大型楽器を貸してもらい、リヤカーで皆で運んだ事が何回かあった。
顧問の先生もほとんど現れず、生徒とたまに来てくれるOBの指導と試行錯誤の練習の毎日。

ホルンパートは全員女子で、一応皆フレンチホルンを吹いていたが、全てヤマハのF管シングルの学生モデル。
僕はメロフォーンでとりあえず3番ホルンで、初めてのコンクールに出場した。
兼田敏作曲の課題曲とワーグナーの、「歌劇ローエングリーンより大聖堂へのエルザの行列」吹奏楽用編曲版。

やっぱり、銅賞だった。

高校野球が活発だったので、いつも応援に駆り出された。高校野球の応援にブラスバンドは必須である。
おなじみのコンバットマーチやファンファーレ、当時はやっていたアニメのテーマ(宇宙戦艦ヤマト)や歌謡曲(ピンクレディー)も演奏しまくった。
野球部はある程度勝ち進むのだが、いつも全国でも有名な野球の強豪校との試合までの問題だった。

さすがにメロフォーンではかわいそうと言う事で、新しい楽器が入った。
なぜかヤマハのBb管のシングルモデル。
高い音が得意だった事もあり、いきなりホルンパートの1伴奏者になった。
運指が違う...譜面を移動読みをしなければならない。ホルンでは当たり前の事だが、高校の吹奏楽の譜面はF管で読みやすい記譜だったので慣れて無く困ったがこのおかげで鍛えられた。

ホルンには、F管とBb管が両方くっついている「ダブルホルン」と言う物がある事を知った。ほしい...
よく銀座やお茶の水の楽器店に仲間と一緒に楽器を見に行くようになったのはこの頃からだ。
でもダブルホルンは高価だった。

ある日楽器屋さんの店主に、ヨーロッパの(当時の東ドイツ)の楽器で中古の安いのがあると聞いて試し吹きさせてもらった。
変わった形をしていた、セミダブルと言うらしい。普通のダブるホルンには無い、特徴的な筒状のロータリーが、真ん中に一本通っていてここで調を変えるのだが、F管とBb管を完全に分ける訳では無く、共有する使い回しの管が発生する珍しいデザイン。
ホルン歴1年にも満たない高校生が、試し吹きして何が分かる訳でもないが、なんか気に入った。

郵便配達やペンキ塗りのアルバイトをして、だれにもアドバイスを受けないまま買ってしまった。
最初の1台目のホルン。

(写真はその楽器とほぼ同型のモデル)




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