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舞台裏・楽屋の雑談

I-Dur Virtual Orchestra's BLOG

東京ディズニーランドの開園

2019年09月28日 (土) #イベント

オープニングイベント
1983年4月15日、あいにくの雨とはなったものの、ついに東京ディズニーランドが開園した。

その頃、私は都内の大手楽器レンタル、リース、PA、イベント企画制作会社にいた。
その会社はほとんどのテレビのキー局の音楽番組(当時は音楽番組がどの局でも大々的にやっていた、しかも生放送で。)を、楽器の手配、整備、調整、音声(PA)、企画までやっている会社で、業界音楽ならなんでも携わっていた。
わたしはそこで、レコーディングスタジオのシンセサイザープログラマーとして音作ったり、フレーズを打ち込んだり演奏するスタジオミュージシャンとして活動していた。
日本に初めてのディズニーランドができることになり、そのオープニングイベントの仕事をすることになった。
その会社の大勢のベテランスタッフを集め、生楽器や電気楽器、シンセサイザーから譜面台まで、イベントのステージ(シンデレラ城の前に作った巨大な特設ステージ)のイベントを仕切ることになり、私はシンセサイザー全般の係になった。
大編成のバンド(オーケストラ)では、プロフェット5が5台、ミニムーグ2台、オーバーハイム各種3台、その他ハモンドB3や様々なキーボード、エフェクターを並べ、結線し、ヒーティング(当時のアナログシンセは本番前に電源を入れて安定化させておくことが重要だった)し、演奏順に使用する音を作って、キーボーディストやバンドマスター、舞台監督などとヒアリングし、音色を作り、メモリして表を作って譜面に添えておく...そのような作業とは別に、まだ若かった私は、グランドハープの移動や、椅子並べ、譜面台並べの仕事も手伝った。オケは100人にせまる大勢のメンバーから構成されていて、たしか司会(MC)はE.H エリックだったと思う。
前日から仕込みが始まり、リハーサル。
天候がどんどん怪しくなり、ついに雨が降ってきた。大急ぎでステージ上にブルーシートをかけたり、楽器類は園門近くのアーケードの中に避難させた。
そこで仮にセットを組み直し、音の確認やセットをしているうちに雨が止み、またステージにセットし直し。大急ぎで移動しリハが始まったらまた雨で、またまたアーケードの中に避難。さて当日はどうなるのか?
主催側は、その頃珍しかったピンポイント天気予報をやっている会社から予報を買い、「明日はなんとか実行できる、小雨決行」と、予定通りとの情報が伝わる。
しかし、当方の事情として高額なグランドハープやシンセサイザーが雨で濡れると大損害を被る。ディズニーランドがわに保険を、などと上の方で交渉して歌のを横目でみながら汗と雨でビショビショになりながらの大変なリハーサルだった。
その日は帰ることができず、ディズニーランドの今のアーケード内のお土産ショップがある建物の2階に部屋を作ってもらって皆んなで雑魚寝した。その時、それまで口うるさく仕切っていた部長さんが行方不明になったと思ったら、こっそりと雨で濡れたパンツと靴下とTシャツなどを人数分買ってきてくれた。

本番当日の天気も雨模様。

2019年10月02日 (水)

しかし野外特設ステージで本番決行。
雨に弱い高価な楽器は、本番直前まで屋根の下に避難させ、本番に大きなパラソルか何かでカバーしようと考えていた(ディズニーランドの人に叱られても...)。
ところが、奇跡的にステージ上の演奏中だけ雨がほとんど止み、楽器の被害は最小限に抑えられた。演奏も何事もなく無事こなし、ステージは転換(オケの楽器類は全部はけて次のショーのセットに)
あとは髙橋社長とディズニー社のカードン・ウォーカー会長、ミッキーマウスなどのディズニーキャラクターたちによるテープカットやショーが始まり、しばらくの間私たちは解放、休憩約2時間弱。そのとき僕達スタッフに主催者側から、「園内すべてタダの優遇」をもらった。開園式でもメインのアトラクションや屋台などはオープンしており、ビッグサンダーマウンテン並ばないで乗り放題、ホットドッグなども食い放題...で、気を晴らして最後の完全撤収作業を待つ。
長い2日だった。



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